私の結婚、どこを間違えたのでしょうか <結婚準備>

結婚回顧録

相手に最初に違和感を感じたのは結婚準備している時でした。

結婚準備期間に相手の家庭環境は大体見えてくると思います。
家庭環境だけでなく、相手と両親との親子関係が自ずと見えてくる。

違和感や疑問点をその段階できちんと話し合うべきだったと
今はそう感じています。

でも、私はそれをしませんでした。

元夫が「理解して欲しい」と私に懇願してきたからです。

その気持ちも十分理解できました。
家庭環境は本人がどうすることも出来ない部分です。
相手の理解を得ることで全てが収まるのであれば
私もそうしていたし、過去の恋愛でもそうしたかった。

結婚準備段階で破談になるケースは、
お互いの我が強く折り合いがつかなかった事例だと
ずっと考えてきました。

でも、そうじゃないんだなと今は思えます。

結婚準備期の小さな違和感こそ、
見過ごしてはいけないものだったのです。

その小さな違和感は
結婚生活の中で苦しい大きな弊害として残り、
その後の結婚生活の中で肥大していく一方です。

私が小さな違和感に目をつぶった理由は
結婚したらその違和感は解決すると思っていたから。
結婚生活中もずっとそのことに頭を抱え続けるとは
想像に及びませんでした。

結婚というものを全く分かってなかった。

でも、結婚したことには後悔はなく、
大変な育児をしていますが、子供を産んだことは人生の糧です。

離婚直後は、

子どもが障害児だから離婚に至ったのかな・・・

と思ってました。

お互い忙しく、精神的に余裕がなくなり、
相手を思いやる気持ちを無くしてしまった。
だから離婚に至ってしまった。

子供の障害を離婚理由にしていた時もありました。
今思う事は、いや、関係ないな。です。

私が離婚した理由は結婚準備期から感じていた違和感が
そのまま結婚生活後も続いたことです。

子どもの障害を通じてその違和感が夫婦間の深刻な問題に発展しました。

離婚後よく考えていたことがあります。

「子供がいなかったら、元夫に対してどんな気持ちを抱いていただろう?」

 

般若のように元夫を憎み続けていたと思われます。
我が子という存在があるから、彼に対して冷静になれているのです。

結婚生活は破綻してしまったけれど、
結婚、子供を産んだ前と後では、
自分の世界観が全く違うものに大きく変化しました。

結婚したからこそ、結婚というものが何か
少しだけ分かりかけてきました。

「結婚」「子育て」は人生の選択であり、幸せの象徴ではないと
今では思うことができます。

「結婚」「子育て」はそれまでの自分の人生の中で作り上げてきた
ことを初期化して、パートナーと新しく作り上げていく産物です。

当然、自分の人生はなくなり、結婚前、子育て前とは違う自分が求められます。

自分の人生がなくなり責任を伴う工程なので、
自分の人生でやりたいことがある
結婚、子育てにそこまでの価値観を見いだせない
という人たちが出てくるのは当然のことだと思います。

 

逆に言うと、自分の人生でそこまでやりたいことがないため
結婚したり、子供が欲しくなる一面があるのだと私は思いました。

結婚、子育ては幸せを手に入れるための挑戦・関門で、一つの選択でしかない。

結婚、子育て=幸せではない

結婚、子育て、離婚を経験して私はこのことを痛感しました。

 

 

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